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ドライブ

2015年3月31日 (火)

東海道-清水から焼津-

2015年1月7日

以前から考えていた、静岡県の”義経ゆかりの地”巡りを実行することにした。せっかくなので、高速道などを使うのではなく下道を行くことにした。もう一つ、静岡県行きを考えた理由がある。この時期、山は”雪”や”凍結”などでハイリスクとなる。リスクを軽減するには太平洋岸地域が良い。
天気予報はまずまずの予報をしていた。決行には丁度良いと判断できた。出動は例によって愛車「Cady」である。

正月の7日は既に世の中が仕事を開始している。道も幹線道路などでは通勤渋滞が考えられる。できるだけ渋滞は避けたい。しかし、まだ夜も明けない早朝では道が凍結している場所も考えられた。結局夜明けを待って出動することにした。

20150107_000120150107_0005我家から伊勢原に向かって裏道を行き、伊勢原からはR246で御殿場を経由して沼津を目指す。沼津からはR1で富士(市)に向かい、途中から旧R1(県道396)に入って最初の目的地「源義経硯水(みなもとのよしつねすずりみず)」に到着した。

20150107_0008天気は快晴で、正月ながらポカポカと温かい日差しが心地良かった。(当地及び以降の”義経ゆかりの地”についての詳細は、別ブログ”義経伝説を追う”で報告したい。)
続いて向かったのは静岡市清水区にある寺「鉄舟寺(てっしゅうじ)」である。R1を清水区に向かい、東名高速清水ICを過ぎたら大曲(おおまがり)の交差点で”日本平入口”を目指す。寺は海に向かって”日本平入口”の手前左側にあった。早速寺の駐車場に車を置き、本堂を目指した。所が、山門から先境内に入ることができない。拝観受付の所には「鉄舟寺拝観受付50年間勤めさせていただきましたが、(2014年)11月30日で辞める事になりました。 檀家の皆様 長い間、お世話になり,有難う御座いました。 拝観受付井上」なる貼紙が掲示されていた。どうも拝観ができなくなってしまったようだ。廃寺にするということではないようだが、少なくとも”義経ゆかりの品”の見学ができないのは明らかだった。

20150107_0011仕方なく、次の目的地、焼津市の「普門寺」を目指すことにした。鉄舟寺を出て海沿いのR150(久能街道)を焼津方面に走ると、左手に駿河湾の風景が広がる。冬の晴れた日に、沖合を流れる黒潮のお蔭で温暖な気候となっている駿河湾の風は、やや冷たいながらも気分盛り上げてくれた。
R150を駿河湾に沿って進み、途中から更に海岸沿いを進むように県道416に入ると焼津まで行くことができる。所が、静岡と焼津の間にある”大崩海岸”が名前の通り崩れて通行止めとなっている。このため本来なら絶景を愛でることができるはずなのだが、当分それは望めない状況だ。この時も、仕方なくR150を直進し、東名高速と並走する”新日本坂トンネル”を通って焼津に出た。目指す「普門寺」は焼津の市街地にある。少々細かい道を走って、何とか到着することができた。
普門寺の駐車場に車を置くと、早速寺の門を潜った。目指す”義経ゆかりの地”は正面にあり、意図も簡単に発見することができた。

寺を後にすると、帰りは流石に下道を戻る気がしなかったため、東名高速焼津ICから東名高速を帰ることにした。特に渋滞らしい渋滞に巻き込まれることもなく、無事に帰宅することができた。

2015年3月29日 (日)

赤城山への道

2014年8月31日

久しぶりに、純粋に下道を走って赤城山(群馬県)を目指すことにした。お供は勿論愛車「Cady」である。
単純なルートとしては、我が家から赤城山へはR16などの幹線道路をチョイスした方が簡単である。しかし、それでは面白くない。
群馬県の赤城山まで数日かけるのは馬鹿らしいが、幹線道路では僅か数時間で到着となってしまう。それに、幹線道路というのは多くの車が利用する道でもある。私としては沢山の車や、それに伴う渋滞などご免被りたい。今回は少し遠回りするコースを取ることにした。
私の自宅がある八王子市から埼玉県の秩父市は比較的近いが、幹線道路と呼べる道はない。この秩父を経由して赤城山にアプローチするのが、今回は面白そうだった。
八王子から裏道を通り、滝山街道(R411)に出てそのまま多摩川の南側を進み、20140831_0001
”軍畑大橋”で多摩川を渡る。そのまま直進して”成木”付近を通りながら北上すると、R299の”正丸トンネル”秩父側出口付近に合流する。R299を秩父方向に進み、国道沿いにある「道の駅 果樹公園あしがくぼ」でトイレ休憩。その後更に秩父方向に進み、R299とR140の交差点をR140に入り長瀞(ながとろ)に向かう。その後、群馬県の藤岡、前橋と通過し、赤城山に至った。

20140831_0007赤城山を登る県道4号(上毛三山パノラマ街道)に入ると、道の端を走る自転車が増え出した。登山道の道幅は片側1車線で側道などはない、極普通のローカル道なので、自転車を追い越す時に対向車が来てしまうと、対向車をやり過ごさなければならなかった。しかも上に登れば登るほど自転車の数が増え、対向車の数も増えると、自転車追越しができないことによる短い渋滞すら発生する有様だった。

20140831_0011ようやく大沼付近に近づいたかと思ったら、再び渋滞にはまり、今度はかなり厳しい渋滞となった。原因は10分以上経ってから判明した。この日赤城山ではマラソン大会(あかぎ大沼・白樺マラソン2014)が催されることになっていたのである。マラソンのスタート地点と思しき所に近づくと、道路は1車線の一方通行に制限され、考えていた駐車場には車が溢れ、空きを待つ車の列ができていた。
仕方なく大沼観光は諦め、県道4号(上毛三山パノラマ街道)をそのまま進むと、前橋とは山の反対側になる沼田市まで出ることにした。

20140831_0012沼田からの帰路も、幹線道路を避けることを考えたが、結局ナビの指示に従い、ほぼ幹線道路を行くことにした。何にしても、私にとって群馬県は殆ど未知の世界だった。ナビの指示通り走っても、今何処を走っているのか全く分かっていなかった。
今回の赤城山ショートドライブは、新しいローカル道の発見だったといえる。残念ながら赤城山はマラソン大会(そんな大会をやっているとは思いもしなかった)に当たってしまい、大沼にも止まることができなかったが、赤城山は、いつかリベンジをしたいと思う。

2015年1月 6日 (火)

山中湖ドライブ

2014年5月10日

朝から気持ち良く晴れ、綺麗な富士山が望めそうな感じに、”ひとっ走り”を決め込むことにした。
ルートはいつも通り「道志道」を使い、山中湖に出る。
GW中はこのルートも、早朝からバイクや”走り命”の皆さんが走行することが予想され、嫌厭していたのだが、GW明け最初の土曜の早朝は、殆ど走る車やバイクもなく、気持ち良く貸切状態を楽しむことができた。

20140510_0023


いつもは山中湖に着くと、真っ先にお気に入りの撮影ポイントを目指すのが常だったが、今回は時間も早く、人出も少なそうなことから、第2のお気に入り撮影ポイントに行って見ることにした。
予想通り、駐車場には1台の車もなく、好きな場所を取ることができた。
”富士山と山中湖”のアングルも綺麗に撮ることができ、気分は最高だった。

20140510_0027


次は、第1のお気に入りポイントに移動する。
山中湖畔のこのポイントは、やはり富士山の姿を綺麗に見ることができた。ここでは愛車「Cady」と富士山、山中湖を撮ることにした。

20140510_0038


最後は山中湖畔の駐車場に移動しての撮影である。正直この場所での撮影はそれほどお気に入りとは言えない。駐車場だけに他車も多く、富士を撮ろうとやって来る人も多いからである。

一通り撮影をすると、さっさと引き上げるに限る。時間が遅くなればなるほど人出は多くなり、バイクや車の数も増え、最悪の状態では、”渋滞”も発生するからである。
「道志道」では、道幅の狭い所や見通しのきかないカーブなども多く、遅い時間の通行は色々な意味でリスキーだ。
それに、来た道を戻るのは面白くない。帰りは違うルートで帰ることにした。

2014年1月 3日 (金)

精進湖・道志

2013年12月15日

またまた富士周辺へのショートドライブをして来た。今回のメインの目的は「道の駅どうし」でタクアンとその他の漬物を購入することだったが、店が始まる時間は道が渋滞する時間でもあるため、いつも通り早朝の出発で渋滞回避を行なうことにした。
今回も「Cady」こと「Cadillac CTS Sport Wagon」の出動だ。私としては、今回は「Pちゃん」でも「Cady」でもどちらでも良かったのだが、ガソリンの残量が「Cady」の方が多かったため、嫁様の裁定で一発結審となった。

早朝から行くことができる場所で、道志にそう遠くない場所となると、やはりいつもの富士五湖周辺ということになる。そこで、今回は同じ富士五湖でも、普段行ったことのない「精進湖(しょうじこ)」にトライしてみることになった。何故「精進湖」なのか?特に意味は無かった。

中央道を河口湖ICで降りて、R139を富士宮方向に向かう。彼の有名な「青木ケ原(あおきがはら)」の樹海を横に見ながら更に進むと、「精進湖」の標識が見えて来る。R139を富士宮に向かって右折した途端から精進湖の”足”のような細長い湖の入り江のような所が見えて来る。道なりに進むと、山中湖や河口湖とは打って変わった寂れた湖畔のホテル、土産物屋などが立ち並ぶ場所に出る。山中湖や河口湖とは相当の差を感じずにはいられない。湖畔を見ると何台もの車が停められていて、湖畔に出る道があることが容易に分かった。注意して進むと、案の定車1台分位の幅の入口があった。湖畔までは直ぐに出ることができたが、不用意に走るとタイヤを傷めてしまいそうな角の尖った砂利が多く、少々神経を使うことになった。

20131215_0011 水際に車を置き、社外に出てみた。正面には富士山と、上ってからそれほど経っていない朝陽が眩しく輝いていた。湖面には何艘ものカヤックが浮かんでいた。教官らしき人の声が響き、声に従ってカヤックが一斉に動き出す。気温はかなり低目だが、陽の光が暖かさを保ってくれていた。カヤックの練習には最適な天候と、素人の私は勝手に納得した。
陽の光を正面から受け、富士山も真っ黒に見えていたが、それでも人目でそれと分かる特徴的な姿は変わらなかった。逆光状態ではあったが、何とか愛車を入れてのショットが写真である。

湖そのものもあまり大きくないためか、人影が絶対的に少ない。何度も比較対象に出してしまうが、山中湖や河口湖では、なかなかこんな雰囲気は味わうことができない。偶には精進湖いいものだと思った次第である。

さて精進湖を後にすると元来たR139を戻り、山中湖を目指した。勿論今回は山中湖が目的ではない。山中湖から道志道を通り、「道の駅どうし」を目指す。峠の「山伏トンネル」付近は、もしかすると道の凍結があるかもしれないと用心したが、結果は全く大丈夫だった。しかもこの日は年末12月の日曜日だからかもしれないが、全般に交通量が少な目で非常に走り易い状況にあった。

「道の駅どうし」も時間的には既に混雑していてもおかしくない時間に到着したが、それほどでもない状況だった。目的の”タクアン”を手に入れると、店の横で売っていた”トン汁”と”豚串焼き”を買ってレストランの窓際(日当たりの良い席)に陣取り一息入れた。暖かい日差しが、何とも嬉しい幸せな時間を作ってくれた。

道の駅を後にすると、一路我家を目指した。いつもなら対向や後ろからの”走り命”の方々にも遭遇することなく、マイペースで道志道を抜けることができた。津久井湖付近で少し渋滞に入ったが、直ぐに抜けることができ、我家には昼過ぎに到着することができたのだった。

2013年12月28日 (土)

山中湖から沼津へ

20131124

なんかしょっちゅう走っているようだが、取り合えず天気が良くて、でも行く当ても特に無かったので、何度目かの「道志道(R413)」を山中湖目指して走ることにした。

20131124_0039 思い立った時間がいつもより遅かったため、もしかすると渋滞にハマるかも知れないという懸念もあったが、もしもそのような状態になった時は引き返すつもりで向かうことにした。

20131124_0008 R412の津久井湖付近から三ケ木(みかげ)の交差点、そして道志道入口となる青山の交差点辺りが渋滞のメッカと言って良いだろう。しかし、この日は全く渋滞らしきものに遭遇しないまま、道志道を進み、気が付くと目の前に雄大な”世界遺産”の「富士山」が見えて来た。山中湖に突き当たり、湖畔のお気に入りの場所に駐車すると、撮影の準備に取りかかった。車に付いた外気温計では「-2度」を表示していた。富士山の麓はすっかり冬になっていたのである。とはいえ、湖の周りに積雪の後は無く、木々に付いた霜も朝陽に当たって解けたようで、枝からポトポトと雫が盛んに落ちていた。湖面からは霧が沸き立ち、間近に見える富士山は、丁度頭を霧の上に出している状況だった。陽の高さが増すに連れ、そんな状況も次第に無くなっていき、気温もどんどん上がりだすと、やがていつもの富士山が全景を現した。

20131124_0019 湖面を覆った霧の中に頭を出した富士というのも、それはそれでいい感じだったが、雲一つない富士山も良いものである。こういう景色に遭遇できるのは、比較的富士山の近くに住んだ者の「得」のように思えた。

暫く色々な角度から写真を撮ると、この後の行動を考えた。このまま帰宅の途に付くのも一つではあるが、今回はもう少し走りたい気持ちがあった。あれやこれや考えている内に、ふと沼津(静岡県)の”義経ゆかりの地”に行ってみても良いと思い付いた。正確には沼津ではなくその近隣の駿東郡清水町になるのだが、それほど難しい場所に有る訳ではなかった。

源頼朝が平家討伐の旗揚げをし、陣を構えたそこに弟の義経がやって来て兄弟の再会がなされたというその場所が、清水町の国道1号脇にあったのである。詳細は私の別ブログ「義経伝説を追う」で報告するが、早速兄弟再会の地、清水町の「八幡神社」を目指した。

湖を右手に見ながら湖畔を南に向かうと「旭日丘」の交差点に出る。ここを左折して篭坂峠(かごさかとうげ)を越え、御殿場からR246で沼津方面に向かう。少しだけ篭坂峠付近の凍結が心配されたが、特に問題なく通過することができた。

20131124_0042 R138から旧道に入り「ぐみ沢」の交差点でR246に出ると、暫く沼津方面に向けて走った。ナビの指示で、途中からR246を折れると少しの間裏道を走り、やがてR1に出た。そこから「八幡神社」は直ぐだったが、同神社の駐車場を見つけることができなかった。周辺をぐるぐる走り、なんとか車を駐車すると大急ぎで神社に向かい、義経と頼朝の対面の場となった(と言われている)場所の写真を撮って、またまた大急ぎで退散したのだった。

時間はまだ10時を回った所だったため、これから東名高速を東京に向かっても渋滞に巻き込まれることはないと考え、帰路は東名高速を選ぶことにした。御殿場のアウトレットを目指す車と思われる御殿場ICの出口渋滞があったものの、走行に影響は無く快適に走ることができた。足柄SAを越えて暫く行くと、路肩に覆面パトカーが違反車を伴って停車していた。またトンネルを23つ過ぎた辺りでは、パンダさんが軽のワンボックスを捕獲して、路肩に誘導していた。

無事厚木ICを出てR246を渋谷方向に走り出すと、ここでもパンダさんと遭遇した。この日は何の日だったのだろうか。「初冬の交通安全運動」か?と思われるほどよくパンダさんに遭遇したのだった。

結局12時を少し回った時間にパンダさんに捕獲されることも無く、無事帰宅することができたのだった。

2013年12月17日 (火)

信州鬼無里(きなさ)とそば処

2013年11月9日

今回、長野のSOCJ仲間であるW氏に、使用しなくなった3年落ちのスタッドレスタイヤを引き取ってもらうべく、タイヤ4本を積んで長野へ向かうことになった。当然ながら、タイヤ引渡しだけで帰って来てはつまらないということで、嫁様のリクエストにより、近隣の「鬼無里(きなさ)」の里まで行ってみることにした。

20131109_0001 東京の自宅を早朝に出発し、一路中央道・・・というのがいつものパターンだが、今回はいつもと違うルートを選択してみたくて、圏央道-関越道-上信越道のルートを取った。
今回の出動は、大きな荷物を載せることもあり、新参者の「Cady」こと「Cadillac CTS Wagon」を選択した。この所、長距離の好きな「Pちゃん」の出番が少なくなり少々気が引けるところもあるのだが、我慢してもらうしかない。

上信越道をスムーズに進んで、もう直ぐ更埴JCTという所で事故のため道路が封鎖される事態が発生した。坂城IC-更埴JCT間での事故だった。強制的に坂城ICで一般道に下ろされたため、W氏邸までそのまま下道で行くことにした。
20131109_0006 R18を長野方向に進むと、やがて農協が主催する朝市が見えて来た。「そこ、入って!!」の嫁様の指示に、ハンドルが自ら回る如く自然に「Cady」は朝市の駐車場に滑り込んだ。駐車場は地元ナンバーの車で一杯になっていた。偶然とも思えるように1台分空いていたスペースに車を置くと、早速朝市会場に向かった。

20131109_0008付近で取れたのだろう、イモ、ダイコン、ネギ、ニンジンなどスーパーで見る常連の野菜から、雑貨やタイヤなどを売るテントまで色々並んでいた。流石に雪の積もる地域と感心したのは、除雪用のスコップが売られていたこと。思わず夫婦で「欲しい!」と叫んでしまったが、その値段(妥当な値段とは思われたが、)を見て「チョット待て!」の心の指示が出てしまった。
我家は東京都に属しているが山岳地帯でもあり、凡そ年に1~2回は積雪がある所である。2年に1回位は家の前の道に積もった雪掻きを強いられる。さぞかし本場の雪掻き用スコップは使いやすいだろうと思われたのだが、今日この後かかる経費(野菜の買出し代や昼食代、その他諸々)を思うと簡単には手が出せなかった。
結局スコップは買わないままW氏邸に向けて出発することにした。

W氏邸にはam9:00過ぎに着いた。W氏にタイヤを引き渡すと、W氏から父上が作られたという野菜やリンゴを土産にもらい、感謝しながらW氏邸を後にした。
さて、此処から向かうは今日のメインの目的地とも言える「鬼無里」の里だ。現地では数軒あるという信州蕎麦の店で本場信州の「そば」を食べるのである。更には、W氏から教わった美味しい「おやき」も食べてみたい。ということで、夢を膨らませながらナビの指示に従って進んだのだった。
20131109_0013 戸隠を抜け、山道を進むことになった。比較的普通の道幅で、アップダウンなどもそんなにはきつくないだろうと想像していただけに、この山道はチョット想定外だった。とは言うものの、20131109_0016 山道の途中で景色撮りをしたりして秋の自然を楽しみながら進み、何とか山間の里「鬼無里」に着くことができた。鬼無里観光振興会のホームペ-ジで紹介されているそば処は6軒あるが、その中の駐車場の広そうな「そば処 鬼無里」をチョイス。20131109_0022 道の駅のショップかと思わせるような店の造りに、チョット「此処で良いのか?」と思わされたが、実際にそばを頼んでみると間違いなかったことが分かった。大き目のボックス席に陣取った私と嫁様は、迷った末に私が”もりそば大盛り”を、嫁様が”天もりそば”を頼んだ。暫くして出てきた品に、夫婦は大いに驚いた。もりそばの尋常ではない量は、とても私達に適う相手ではなかったのである。何とか平らげることはできたが、嫁様曰く「暫く”そば”は見たくない」と発言させるほどダメージを与えられてしまった。その量の多さには閉口したものの、そばの味は”信州そば”と感じることができた。それだけにあの「量」は残念でたまらなかった。
店を出ると、少し周辺を散歩することにした。・・・とても満腹状態では運転もままならないと感じたからである。20131109_0023 駐車場の直ぐ隣に「おやきの いろは堂」というW氏推薦の店を見つけた。満腹状態を脱した訳ではなかったが、嫁様はさっさと店の中に入って行ったのだった。カウンターの陳列棚に置かれた多彩な「おやき」は、今まで見たものとは姿も中身も一捻り違っていた。ミックスされたおやきのセットを1袋買うと、店の裏手に行って見た。裏手には喫茶とギャラリーが併設されていた。なかなか静かな感じが心地良い雰囲気になっていた。ギャラリ-を見て回ると再び外に出て、色付いた紅葉を見ながらぶらぶらと歩いた。20131109_0028

少し腹が落ち着いたようになった所で、家路に着くことにした。
帰りは、上信越道の須坂長野東ICから上道に入り、岡谷JCTで中央道を進むいつものルートを辿ることにした。幸いに道路はそれほど渋滞することも無くスムーズに帰宅することができた。
長野道で給油をして家に着いた時、平均燃費は15L/kmを示していた。余談だが、前回の”SAAB DAY”の時も、塩尻辺りで給油して帰宅した時に、同じような値を出していたので、長野、松本辺りから中央道を帰宅するコースは、どうも燃費が良いのかも知れないと思った。

2013年11月13日 (水)

世界遺産を見ながら

2013年8月18日

9年半ほどになる、私のドライブに付き合ってくれたSAAB9-3カブリオレに替わって、8月8日に我家にやって来たニューフェイスの「Cadillac CTS ワゴン」だが、納車以来殆ど近所を走る程度で終わっていたため、この日は少々長めの走行に駆り出した。といっても、特に目的地があった訳ではないため、こういうときのホームグランドならぬホームコースとでもいうのだろうか、いつもの同志経由山中湖で行くことにした。同志道(R413)は途中に少々きつい対面通行の場所があるが、それ以外は結構楽なコースといえる。しかし時間を間違えると、「スピード命」の方々や初心者マークが必要ではないかと思われる「バイク」などと遭遇し、「ヒヤリ」「ドッキリ」の連続となりかねない。そういう意味では少々リスキーなコースでもある。
かくいう私も「初心者」宜しく、車幅がよく分からない状態での山道、カーブなどで少々スムーズさにかける安全運転に徹したのだった。

20130818_0207 何とか山中湖畔に着くと、SAAB時代に愛用したお気に入りの場所で富士と愛車のショットを撮影した。世界遺産をバックに、ニューフェイスの愛車の撮影はまたチョット気分も違うものである。

この日は朝から好天だったが、富士も機嫌よく顔を出してくれ撮影には持って来いの状況となった。


20130818_0220 私が撮影していると、やがて他府県ナンバーの、「夏休み旅行組」と思われる家族連れが、富士山バックの記念撮影をする光景が増えて来たため、帰り道の混雑を警戒して撤収することにした。

僅か数時間のドライブではあったが、車幅感覚や、車のクセなどが少しづつ見えて、それなりに得るものはあった。ドライブフィールとしては、流石ラグジャリーカーだけあって、非常にマイルドでクセらしいクセはない。ただ、山道のカーブでシートのホールドが足りないため体が安定しないのが気になった。とはいえ、ラグジャリーカーにシートのホールドを求めること自体間違っているような気もするのだが。。。そのシートだが、総革張りは良しとして硬さが結構硬めになっている。長時間のドライブでは、少々お尻が痛くなるかも知れないと思われた。

2013年11月10日 (日)

七里岩ラインから蓼科

2013年5月26日

SOCJ関東のイベントで、信州茅野市にある北欧料理「ガムラスタン」目指しツーリング行なった。
心配された天気は「快晴」となった。初夏を思わせる気温に、早速愛車の幌を開けると、心地良い風が全身を包むようだった。

集合は中央道「境川PA」。いつもなら集合時間は朝9:00から10:00頃にするのだが、5月の晴れた日曜日ということもあり、混雑を予想して「朝8:00」となった。
最近の中央道(他の高速道も同じような状況だろう。)は、休日の渋滞開始時間が早まっている。渋滞の多発地帯「相模湖IC」付近を朝7:00前には通過してしまわなければならない。ガソリンが高騰している昨今、渋滞が一層激しくなるのはどういうことなのだろうかと、自分もその中の1人だということは棚に上げて思ってしまう。

8:30頃予定の全車が集合し、中央道を諏訪方面に向かって出発した。当初の予定では韮崎ICで中央道を降り、そこから「七里岩ライン(正式には「長野県道・山梨県道17号茅野北杜韮崎線」というらしい)」を「ガムラスタン」まで、ゆっくりドライブする予定だった。しかし先頭を走った私の大チョンボで、韮崎ICを通過してしまい、仕方なく次の須玉ICで降りることにしたのである。ここでもう1つ問題が発生した。最後尾を走っていたA氏が予定通り韮崎ICで降りてしまったのである。すぐに携帯で連絡を取り現在地を確認すると、七里岩ラインに入った所とのこと。A氏にはそのまま茅野方面に進んでもらって、途中で合流することにした。とは言うものの、どこで合流して良いのか直ぐには思いつかなかった。地図を確認すると20130526_0004_2オオムラサキ自然公園」の名前が目に入ってきた。早速A氏にこの公園の駐車場で待ち合わすことを連絡し、約10分後に無事合流を果たしたのだった。20130526_0001_2
当初の予定には無い「オオムラサキ自然公園」だったが、折角なので見学したいという意見が出され、「ガムラスタン」集合(直接現地に向かう人もいたため)にはまだ時間が有ったことから、希望者による見学となった。

私とA氏は駐車場に残ることにしたが、聞けばA氏の愛車ベンツにトラブルが発生し、凡その走行に支障は無いものの、昼食後にはツーリングを離脱するとのことだった。私も父親の病状が芳しくなく、早目の離脱を考えていたので、同じく昼食後に離脱することにした。
「オオムラサキ自然公園」を出発すると、「ガムラスタン」を目指して七里岩ラインを進むことにした。この道は、R20と中央道の間を走るようなコースを取るが、結構ローカルな景色や雰囲気を感じることができ、私の好きな道の一つだった。
幾つかの右左折を繰り返し、茅野から美ヶ原高原美術館までを結ぶ「ビーナスライン」に出ると目的地まで後僅かとなった。

20130526_0008_220130526_0006_2 「ガムラスタン」の駐車場には既に4組の仲間が我々の到着を待っていた。店の開店には未だ少し時間があった。以前は予約のできなかった同店だが、最近は予約ができるようになり、開店前から構える必要は無くなった。
20130526_0009 開店時間となり、我々が通されたスペースはテラスのような造りの半オープンスペースだった。円テーブル4つに分かれて座ると、各自オーダーを行い、午後1:00頃には食事も終了した。
この後、本隊は八ヶ岳へと移動し、ティータイムを過ごして開散となる予定だったが、残念ながら私は「ガムラスタン」で本隊を離脱すると、一路東京の実家を目指した。
僅かな慌しい時間ではあったが、好天に恵まれた日の信州での時間は、最高の気分を味合わせてくれたのだった。

2013年10月27日 (日)

秩父から石和へ

2013年5月18日

別ブログ「雑記」の「秩父神社、山梨県立博物館」でも触れたように、山梨県の石和温泉で大学の研究室OB会が行われることになったこの日、せっかく石和まで行くならと、何となく久しぶりのSAABでのドライブを決め込んだ。

我家から石和までのルートとしては、大雑把に「中央道」、「甲州街道(R20)」、「同志道(R413)経由」、「奥多摩-塩山の青梅往還道(R411)」、「秩父-甲府の秩父往還道(R140)」の5ルートがあるが、今回は一番北周りとなる「秩父-甲府の秩父往還道(R140)」ルートを取ることにした。

20130518_0009 いつも通り自宅を早朝に出発すると、秋川街道で五日市(いつかいち)を通り抜け、青梅街道を渡って成木街道からR299に合流するという裏道のやや山岳コースを取り、第一の目的地である「秩父神社」に到着した。
早朝の「秩父神社」は、駐車場は勿論、境内もほとんど人影が無く、朝陽が眩しく感じられた。
秩父神社の境内をゆっくり散策したのは、もしかすると初めてかも知れない。およそ1時間以上かけて境内をくまなく回ると、次の目的地「西沢渓谷」を目指し、秩父往還道(R140)に入った。


20130518_004020130518_0034秩父と山梨県の甲府を結ぶ別名「甲州往還道」とも言われるこの道は、ルート最大の難所で、日本三大峠の一つとも言われる雁坂峠に造られた「雁坂トンネル」という有料トンネル(2013年5月現在、普通車710円)が県境にある。
(写真は雁坂トンネル手前のパーキングからの景色)

第2の目的地「西沢渓谷」は、トンネルを抜けて直ぐの所で、うっかりすると通り過ぎてしまいそうである。渓谷の駐車場に入ろうと脇道に折れ、駐車場の入口について驚いた。駐車場は既に満杯状態。空き待ちの車も数台いて、とても簡単には止められない様子。諦めて本道に戻ると少し甲府よりにも駐車場があるのが分かったが、これも見る限り万社状態。一体この日は何があったのか分からないままだが、休日はいつもなのか、何かのイベントがあったのかそんな混雑の仕方だった。

20130518_0044 20130518_0045 西沢渓谷をパスすると秩父往還を更に進み、やがて甲州街道(R20)に出た。甲州街道を甲府方面に進み、長塚の立体交差点を中央道方向に左折すると、直ぐに第3の目的地「山梨県立博物館」に着いた。
博物館もゆっくり見学し、少し遅い昼食を館内のレストラン(?)で取ると、いよいよ待ち合わせの石和温泉に向かうことにした。

石和温泉は「ホテル八田」が会場となっていた。待ち合わせの16:00にはまだ相当早い時間だったため、少々ホテルに無理をお願いして、温泉に入らせてもらうことにした。
「露天風呂なら入れます。」ということだった。実はこのホテルの目玉は、「ワイン風呂」ということで、これは未だ入れないという意味だったのである。自分としては天然温泉に入るのが目的だったので、早速露天風呂に入れさせてもらうことにした。まだ他の客も殆どいないため、貸切状態の露天風呂を満喫することができた。
やがて今回出席の面々が到着し始め、1時間ほどで全員が集合した。夜の宴会は昔懐かしい学生時代の話題で盛り上がり、集合写真撮影で1次会が終了すると、私1人、帰路に着いたのだった。

2013年6月15日 (土)

南房総ぶらりドライブ

201351

最近の天気予報は、めまぐるしく変化する。ゴールデンウィーク(GW)中盤となるこの日も、週間予報では愚図ついた天気となっていたが、前日の予報で「曇り時々晴れ」に変わった。

53日以降は予定が入っているため、この日と翌日の2日間に賭けるしかない。俄然嫁様の「力(りき)」が入った。

ドライブのテーマは「美味しいものと温泉」。これはここ何年も変わっていない、いわば我家の必須テーマともいえる。テーマに則してドライブ先を検討した結果、嫁様の出した結論は再び「南房総」だった。

20130501_00015:30、自宅を出発すると、R16から首都高湾岸線を経由してアクアラインに入り、房総半島に上陸すると館山道を南下して終点の富浦ICまで真っ直ぐ向かった。富浦ICから県道302号で更に南下。。。のつもりだったが、県道302号に入って直ぐの所の「富浦漁港」の表示に、即行右折。山道のような細い道を、少々不安になりながらも進むと、無事「富浦漁港」に着いた。20130501_0008 嫁様の目論みは「朝市での買い物」だったが、残念ながら港に有った市場は、一般客が入れないプロ御用達の市場のようだった。しかも天候のせいか、或いは水揚げが無かったのか、市場は無人状態だった。

どんより曇り、風も少々寒さを感じさせるけっして良い天気とはいえない状況だったが、それでも朝の港は気分が良かった。

再び県道302号に戻ると先を進んだ。

港町の商店街(?)を走っている時、嫁様が突然「この時間(朝7:00過ぎ)に、肉屋が開いている」と叫んだ。豆腐屋が開いているのは分かるが、肉屋が開店していて商売になるのだろうか?と思ってしまった。正に「港の朝は早い」のかも知れない。

20130501_0022 そんなことを2人で話しながら更に進むと、やがて切り立った崖の中腹辺りに寺院らしい建物があるのが見えて来た。「崖の観音」という案内板に興味をそそられ、急遽ハンドルを切って県道から中に入ってみた。駐車場に車を置くと寺へ続く細道を進んだ。数分で寺の入口に着く。入口には「大福寺」とあり、本堂の裏手の山腹に道から見えた観音堂が見えていた。堂の中の岩面に十一面観音が彫られているとのことである。

館山の街を抜けて海沿いの道を進むと、自然に「房総フラワーライン」に入る。この「フラワーライン」、私にはどこからどこまでが対象なのか、いまだによく分かっていない。

「フラワーライン」というと、初春の「菜の花」が道の両端に黄色のラインを作る景色を思い浮かべてしまうが、流石にこの時期まで黄色の景色は残っていなかった。

フラワーラインを真っ直ぐ外房方面に進むと、やがて「野島崎灯台」が見えて来る。

どの灯台も同じだが、この灯台も既に本来の役目は終了し、モニュメントかランドマークと化している。灯台の駐車場という訳でもないのだろうが、R410の海岸縁に20台ほど駐車できる無料駐車場があったため、そこに「Pちゃん」を止めて灯台に向かった。

20130501_0032 灯台の手前には「厳島(いつくしま)神社」があった。せっかくなのでお参りしてみることに。境内に入ると、先ず右手に立派なご神体が祭られていた。非常に久しぶりに拝むご神体。そしてその奥、拝殿の手前に鎮座する狛犬は、何と新旧の2段構えとなっていた。また拝殿の右手には七福神が鎮座していた。

20130501_0034当社の祭神は「弁才天」とのことだが、これは安芸(あき)の宮島にある「厳島神社」を勧請(かんじょう)したことによるとの話である。余談だが、本家「厳島神社(広島県)」の祭神は宗像三女神と呼ばれ、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)が祀られているようである。この中で、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)が奈良から平安の頃の神仏習合によって、仏教の弁財天と習合したとされている。

20130501_0041 さて、薀蓄はこの位にして、境内を出て先に進むと目の前には白亜の巨根・・・いや失礼。真っ白な「野島崎灯台」がそびえている。そして、灯台の脇から海に向かっては「野島崎公園」として整地された部分と、浜の岩場が広がっていた。公園の小道を道なりに行けば、ぐるっと灯台の周りを大きく一回りできるようになっているようだが、そこまで時間をかけるつもりも無かったことから、房総半島「最南端の碑」まで行って引返すことにした。

20130501_0049 天気はそれほど良いという感じではなかったが、浜風を感じながらまったりと公園を歩く気分は最高だった。連休合間の平日ということも有ったのかも知れない。人影も疎らで、正に「都会の雑踏」を忘れさせてくれた。近くの岩場にトビの若鳥が数羽、羽を休めている姿が非常に新鮮だった。

時間は昼時になっていたので、昼食を取ろうと近くの店を物色したが、どうももう一つという感じで、この地での昼食は諦めることにした。

20130501_0064 R410を館山方向に戻り、R127で海岸線を君津まで行くと、館山道の君津IC近くにある「房総四季の蔵」で遅い昼食を取ることにした。ここの回転寿司が一味違って美味しい。更には、駐車場の脇に造られた足湯も真っ黒なタール湯20130501_0067 で非常にいい気持だった。温泉施設の計画も有るようなので、早く実現させて欲しいと願うばかりである。

帰りは館山道からアクアライン、湾岸道と往きのルートを逆行するような形で、17:00頃我家に到着した。

今回は食べ物については少々当たりが無かったが、その分景色と雰囲気は堪能することができた。天気も房総半島を離れた辺りから回復し出し、我家に着いた頃には快晴となっていたのだった。

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